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発車オーライ!

 吾輩は登山鉄道の新型車両である。名前はまだない。先輩車両たちは既に、箱根の山を何千回と行き来している。吾輩も早く、人々を乗せて往来したいものだ。
 吾輩は新型車両にもかかわらず、黒一色の三両連結仕様で、機関車D51(デゴイチ)を彷彿させる。先輩車両たちは、箱根の山々に映えるよう、赤やオレンジの塗装だが、吾輩は、力強さをアピールするつもりである。
 
 試運転が始まった。やはりスイッチバックは難しい。三両編成になった分、折り返し地点でも揺れが大きくなる。
 ガタンゴトン、ガタンゴトン、
 ゴトンゴトッ、ガタンガコッ、
 キーッ!
 またブレーキをかけられた。運転手が車掌と何か話し込んでいる。その様子を職員たちが、固唾を呑んで見守っている。まさか、運行中止になるなんてことは……。
 
 吾輩は祈った。鋭く傾斜する路線を、踏破する自信はある。うまくやれる。あと一回、試運転させてもらえれば。
「もう一度、やってみましょう」
 車掌が運転手を促した。
 ——よし、やるぞ! モーターの回転数に注意しながら、吾輩は徐々に進んだ。
 ゴッ、ドウ、ゴッ、ドウ、
 ゴトンゴトン、ゴトンゴトン、
 ——よし、うまく走れているぞ。スイッチバックもなんのその、吾輩は険しい道のりをとうとう登り切った。
 運転手、車掌、職員たちが誇らし気に握手を交わす。運転手が、
「こいつも頑張ってくれました」
 と、吾輩をバシバシ叩いた。
 おっほん。吾輩も運転手に認められて、嬉しく思う。これで吾輩も、先輩車両と同様に、箱根登山鉄道の仲間入りである。
 1000形先輩は〝ベルニナ号〟、
 2000形先輩は〝サン・モリッツ号〟、と愛称が付いている。吾輩も愛称が付くような、人々に親しまれる車両となりたい。
 ゴッ、ドウ、ゴッ、ドウ、
 電車が走る。
 ゴッ、ドウ、ゴッ、ドウ、
 みんなの夢を乗せながら。
 ゴッ、ドウ、ゴッ、ドウ、
 箱根の山をどこまでも。
 
 きっと来年には、吾輩の勇姿が見られるだろう。その時には諸君、是非吾輩に会いに来てくれたまえ。特に乗り鉄、撮り鉄の諸君は歓迎するぞ。心待ちにしているからな。

-FIN-

作成 2014.09


テーマ〝吾輩は○○である。名前はまだない。〟この文章からスタートするフィクションを創る。

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