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桜の誓い

 (今日は3月20日、中学校の卒業式。日差しは柔らかく、校門には桜が咲き始めている。“私の希望”、式でちゃんと言えるかな)
 私、井上颯子[いのうえそうこ]は紺の制服のスカートの裾をわずかに揺らせ、颯爽と式典会場に入場した。
 しかしそこには、仲良しだった青木美栄子[あおきみえこ]の姿はなかった。
 
 半年前、美栄子のお母さんが経営するブティックが、多額の借金をかかえて倒産し、そのために家族で引っ越しをしなければならないのだと、美栄子は淡々と言っていた。
「えっ、高校受験はどうするの? 美栄子はその先に行きたい私立大学もあったでしょ」
「それはもういいの」
 私の言葉をさえぎって、美栄子はきっぱりと言った。私は、こんなことになるなんて、想像もしていなかった。
 美栄子は最後に会った時、涙をこらえて
「悔しいわ。大人の事情は、中学生の私ではどうすることもできないもの」
 と言った。
 私は何も言えず、別れが辛くてただ泣いた。

 三年前、満開の桜の頃に中学生になった私は、初対面の美栄子と隣同士の席となった。
 彼女は明るくて、しっかりしていて、周りの子達と比べてもとても大人びていた。
「私、青木美栄子。ねぇ、颯子さんって、漢字で書くと『風立ちぬ』なのね、素敵だわ。これから、颯子、って呼んでいい?」
 と言う美栄子の一言で友達になった。
 消極的な私をグイグイ引っ張ってくれる彼女に、憧れを抱いた。
 けれどその美栄子は、もういない。式典の間、断ち切られた糸を探すように彼女のことが思い出され、込み上げてくるものがあった。
 そして、“私の希望”を発表する番が回ってきた。私は椅子からスクッと立ち、深呼吸をしてから、吐き出すように一気に言った。
「私が大人になったら、大人の都合で、子供が振り回されない、そんな世の中になればいいと思います」
 ザワッ。来賓席、保護者席、先生方の席からも、ざわめきが起こった。私は、そんな大人達をちらっ、と見てから、着席した。
 
 卒業式が終わって、私は校門の桜を見上げた。美栄子の笑顔がそれに重なる。だけど今は、どこかで一人ぽっちで泣いているのだろうか、高校へは行けるのだろうか、大学は、そう思うと、桜に手を添えて
「美栄子、幸せになってね」
 と願わずにはいられなかった。
 この先、春3月が来るたびに、桜が咲くのを見ては、彼女のことを思い出すだろう。
(今は泣いても、大人になった時、美栄子と笑って会えるように上を向いて歩んでいこう)
 私は校門の桜に、そう誓ったのだった。

-FIN-

作成 2022.01


テーマ 提供された歌詞から主人公の心情を掴み、一編のフィクションを創る。

提供する歌詞;
「上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
思い出す春の日
一人ぽっちの夜」

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