名前の秘密
僕はシンジ。夏休みの間、羽を伸ばそうと田舎にいるおじいちゃん家に居候だ。
おじいちゃんは二階建てアパートの大家で、一階の101号室に住んでいる。
僕は中学2年生、もうすぐ14歳になる。昔なら元服して立派な大人だ。だから少々のことには動じないつもりなんだけど……。
このアパート、なんかヘンだ。
一階に僕達を含め3家族、二階に4家族が住んでいるこのアパートは、夜になると、僕達以外の人の気配が全くしないのだ。
確かに朝には顔を合わせ、挨拶もする。
「おはようございます」
「やあシンジ君、おはようさん」
おじさん、おばさん、若い人に子供。
それなら絶対、夜の生活音がするはずだ。なのに何の音も、聞こえてこないんだ。
ある日、空室だった102号室に、若い男性の宇川[うかわ]さんが引っ越してきた。背が高くて、ボサボサ頭だけどハンサムだったな。彼はどうなんだろう、夜の生活音。
その晩、聞き耳を立てていると、隣から妙な音が聞こえてきた。
カタカタカタ、カタカタカタ、
パソコンやタイプライターの音にしては大きすぎる。一体、何の音だろう。
――よし、直接聞こう。
そう決心した僕は、翌日の朝、勇気を出して102号室のチャイムを押した。
少し間があって、宇川さんがドアを開けた。
「シンジ君、待ってたよ」
その言葉に戸惑いながら通されたリビングに、宇野[うの]のおじさんもいた。
おじさんは神妙な面持ちで、こう言った。
「シンジ君、よく聞いておくれ。ここのアパートの住人は全員、地球人ではないのだよ。私達は地球の夜に馴染めず、夜の間は別の空間に移動して、朝になるとまた戻っていた。だが宇川君は巧く馴染めて、夜は私達の生命維持装置のサポートをしてくれている」
まさか、宇宙人だなんて!? あっ、宇川さんの部屋から夜になると聞こえてきた“カタカタカタ”の音は、ここに住む宇宙人達が休むための生命維持装置の音だったんだ……。
「このアパートには僕と同じ、宇宙人が住んでいると知ってね、引っ越してきたんだよ。気が付いているかい? 僕達は苗字に[宇]の字を使っている。宇宙人だからね。
と宇川さんは言った。そういえば、
宇川、宇野、宇戸、宇垣、宇井、そして宇多田。
ここの住人は全員、[宇]が付く。隣人皆が宇宙人、と納得した僕に宇川さんは、
「シンジ君、君の家族も宇宙人だよ。ほら、君の名前も、宇佐美進次[うさみしんじ]、だろ?」と言って、笑った。
-完-
作成 2021.09
テーマ “ある日隣人から「実は私、地球人ではないのです」と告白されたら”をテーマにフィクションを創る。