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この字なんの木?

 今から40年も前、1981年のことだ。当時中学三年生だった私は、受験勉強もそこそこに、毎日、辞書と格闘していた。
 木偏に春は、ツバキ〔椿〕
 木偏に夏は、エノキ〔榎〕
 木偏に冬は、ヒイラギ〔柊〕
 では秋は? 国語辞典や漢和事典の、どこをどう調べても、〔楸〕の読み方がわからない。草花なのか樹木なのかさえ、分からない。
 高校に入学し、友達に聞いて回ったが、
「そんな漢字は、ないんとちゃう?」
 と言われ、結局分からずじまいとなった。
 
 時は経ち、2021年の今年、9月に、木偏の漢字をいくつか調べることがあった。そのとき弾かれたように、忘れていた〔楸〕の文字を思い出した。
 早速、タブレットで検索すると、〔楸〕は“ヒサギ”と読むことが判明した。
 40年来の疑問が、ついに解けたのである。
 
 一気に霧が晴れるかと思いきや、ここからが難問となった。楸が現在のどの樹木を指しているのか、定かではないからだ。
 楸は、音読みでシュウ。中国で、トウキササゲと呼ばれる樹木に当てられた漢字だ。
 トウキササゲは、秋になるとすぐに落葉し、「ああ、もう秋だなあ」と人々に季節の移ろいを、感じさせてくれる木である。
 楸という字が、日本に渡来したとき、日本にはトウキササゲの木が無かったので、久木(ヒサギ)と呼ばれていた木に、楸の字を当てていたらしい。
 ところがこの久木、万葉集にも詠われているのだが、現在のキササゲとも、アカメガシワの古名ともいわれていて、はっきりとは分かっていない。万葉集に絵図が残されていないことも、一因とされている。
 いずれにしても、久木が趣深い樹木であることに、違いはない。
 悠久の古代に思いを馳せると、久木(楸)が落葉するのを、古代の人々も感傷的に見ていただろう。それは古代も現代も、変わらぬ風景であり続けるのだと思う。
 いっそのこと、今は、〈今年の樹〉のように、誰もが〔楸〕の字に当てはまる樹木を、考えてもよいのではないだろうか。
 私なら、ソメイヨシノの紅葉に、〔楸〕の二つ名を与えたい。
 
 中学、高校時代、どんなに辞書で調べても、分からなかった〔楸〕の読み方は、40年後、インターネットの普及でようやくその答えにたどり着いた。
 けれど、必死に辞書と向き合っていた、あの頃、あの青春時代も、幸せな時間だったのだと、今は心からそう思えるのである。

-FIN-

 作成 2021.12


“漢字を分解して作者の思いを綴り、更に新解釈を発表”をテーマにエッセイを書く。

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