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二十歳(はたち)の選択

 「私は嫌」
 淳美(あつみ)は唇を噛み締めた。双子の兄・樹(いつき)の突然の事故。生死をさまよう樹に下された〝脳死推定〟の診断。父と姉・真弓(まゆみ)は樹が〈臓器提供意思表示カード〉を持っているなら、本人の希望どおりにしてあげよう、と手続きに向かったが、淳美は納得していなかった。
 
 淳美は知っている。二年前、二十歳になったのをきっかけに、淳美と樹はカードを所持することにした。けれど二人共、考えに考え抜いた末という事でもなく、
「ちょっとよいことをしたね」
「大人の仲間入り、かな」
 と、笑い合い、軽い気持ちでいたことを。
 それに、樹の心臓はまだ動いている。体も温かいままだ。生まれた時から一緒で、男女の二卵性双生児ながら本当にそっくりの、いつも隣にいてくれた樹。自分の半身ともいえる樹の〝脳死〟も、ましてや臓器提供など、淳美には考えられなかった。
 
 小刻みに震える淳美を見て、移植コーディネーターが、もう一度家族で話し合うよう、声をかけた。
 しかし、話し合いも何も、姉・真弓の剣幕はすごかった。本人の意思を尊重するべきよ、その一点張りだった。
 確かにそれは正しい。けれどその〝意志〟が問題なのよ、と淳美は思った。
 捲し立てる真弓を制し、父親が口を開いた。
「淳美、父さんも覚えているが、樹は淳美と一緒に、二十歳の誕生日にカードを作ったね。多分、軽い気持ちだったんだろう。だけど考えてごらん。二十歳の、大人になった人間が、『します』と言って選択したことを、嫌だから、軽い気持ちだったから、という理由で、止めていいのだろうか。父さんは、大人が選択したことには、責任があると思う。……それに、母さんが生きていれば、きっと言うだろう。『樹は優しいから、大丈夫』とね」
 淳美は絶句した。言葉のかわりに、涙がホロホロと流れ落ちてきた。喉の奥に、挙大の石が詰まっているような感じがする。
(樹はどう思っているの?)
 心の整理をするために、淳美はその日、一晩中、樹に語りかけたのだった。
 
 翌日。
 淳美は父と姉に、樹の臓器提供に同意することを告げた。一晩、樹と語らい、双子の以心伝心のおかげなのか、淳美は泣きはらした顔に、すっきりとした表情を浮かべ、
「樹とゆっくり話したわ。初めて樹と真剣に向き合って、いろいろ考えたの。私達がどうするべきかを樹が答えをくれたわ。『僕達が大人になった証拠があのカードなんだよ』って。私もそれに賛成する」
 そう言って、淳美の涙が所々に滲んで残っているカードを、握り締めた。

-FIN-

作成 2015.12


テーマ 一度目は断るが、いろいろな事柄があり、二度目はOKするフィクションを創る。

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