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風花(かざはな)

 新採教師の桂木結衣(かつらぎゆい)が、院内学級の担任になったのは、その年の秋だった。前任者の異動の為だったが、理由はすぐに分かった。
 西脇大河(にしわきたいが)、10歳。この何とも小生意気な男児が、学級内をひっかき回すのだ。
「あーあ、そうだよ、先生が正しいよ。オレはダメな人間だしなー」「オレはどうせ死ぬんだから、勉強しても無意味なんだよ!!」
 罵詈雑言に授業放棄。結衣は何とかしようとするも、その思いは他の児童に、「結衣先生は大河くんのことばかり考えてる」と言わせてしまった。
 
 思い悩む結衣に、小児科医師の狭山修一(さやましゅういち)が声をかけた。「桂木先生、西脇大河のことは、僕に任せてもらえますか」「はい……?」
 結衣は安堵したが、狭山先生はどうするつもりだろう、と思った。
 
「なんだよ、女の喜ぶこと一つ、分からないのかい?」大河は修一に呼び出され、結衣先生に振り向いてもらうには、どうすればいいか、と問われて呆れ返った。
「すまん。"女の喜ぶこと"って何なんだ?」
「そりゃあ、女にもよるけどさ、『愛してます』って言葉だったり、指輪なんかの贈り物だったり、いきなりキス、なんていうのもあるぜ」「ほう……」「ま、オレが決めるんだったら、"言葉"かな。『君を一生、守り抜く』とか言ってさ。結衣先生、文学女子だからイチコロだぜ、きっと」
 そう言った大河だったが、修一が優しく微笑んでいるのを見て、見透かされている、と直感した。(オレが結衣先生に恋してることも、この人は知ってるんだ)
 大河は恥ずかしさを隠し、足早に病室に戻り、ベッドに入った。
 大河と修一の"男同士の話"から、大河の結衣に対する態度も柔軟になってきた。
 しかし、大河の病状は悪化していった。大河は精一杯の笑顔を作り、結衣に耳打ちした。
「オレの心臓、ポンコツでさ、ちょっと働き悪りィんだ。それよりさ、先生、……——」「えっ?」大河の言葉に戸惑った結衣は、「嘘だよ〜。先生は修一先生のことが好きなんだろ。とっくにお見通しだぜ」と言われて、真っ赤になった。「しょうがない。オレ様がキューピットになってやるよ」
 だが一週間後、大河の容態が急変、集中治療室に入るも、そのまま帰らぬ人となってしまった。春というには肌寒い、風花舞い散る3月のことだった。
 
 それから3年後、結衣は修一と結婚式を挙げた。4月も半ばだというのに、風花が花嫁のヴェールに舞い落ちる。「ああ、大河くん、来てくれているのね?」結衣は、あの時の大河がささやいた言葉を、思い出していた。
「先生、待ってな。オレ、すぐに大きくなるから。そしたら先生を嫁さんにしてやるよ」
 結衣の涙が、風花とともにその頬を伝った。

-FIN-

作成 2017.02


テーマ 『やけにこましゃくれた子』を登場させてフィクションを創る。

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