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思いをのせて

 (今年は浴衣を着て行こ)
 尚美(なおみ)は高校の友達と、明後日の祇園祭の宵山に出掛けることにしていたが、急に思い立って、和だんすの引き出しを開けた。普段、和室に入ることのない尚美にとって、畳のすうっ、とした匂いは、とても清々しかった。
 
 浴衣を探しながら、ふと見ると、少し黄ばんだ古びたたとう紙がある。表には三つ藤巴の家紋と、〈里美(さとみ)〉という名前が入っている。
(お母ちゃんの名前や。名前と家紋入りなんて豪勢やなぁ。どんな着物なんやろ)
 尚美は少しためらったが、好奇心には勝てず、たとう紙の紙縒(こより)をそっと解いた。
 
 中から出てきたのは、豪華な振袖だった。
 明るい緋色の綸子地に、束ね熨斗と松竹梅、藤、菊などをあしらったもので、まだ新品なのか、仕付け糸で閉じられていた。
(お母ちゃん、この振袖、着ぃひんかったんかなぁ?)
 尚美は不思議に思いつつ、振袖を手に取っていた。
 
 しばらくして、母親が仕事から戻ってくると、尚美は振袖のことを聞いた
「あぁ、それはね」
 母親はちょっと苦笑いを浮かべ、振袖は父親(つまり尚美の祖父)が買ってくれたこと、その父親は成人式の前に亡くなってしまったこと、その為に一度も袖を通していないことを、とつとつと話してくれた。
「私の替わりに、尚美がこの振袖を着てくれたら嬉しいけれど、どう?」
 そう言う母親に、尚美は素直になれず、
「まさかぁ」
 と、恥ずかしさを隠すように、足早に自分の部屋に入った。
 
 けれど頭の中は、振袖のことで一杯だった。そして、母親が振袖を着られなかったことに、尚美は少なからず、ショックを受けていた。祖父のことも、娘の晴れ姿を見ずに、若くして亡くなったことを思うと、とても切なくなるのだった。
 それでも尚美は尚美なりに、三年後の成人式のプランがあった。
 振袖はオーダーレンタル、薔薇の花柄に、レースやビーズの付いているものを着て、盛り髪にネイルアートも施したい。
 ただ、京都という土地柄に、今時の成人式ファッションが似合うかというと、尚美も疑問に感じる。母親の振袖の古典模様が、新鮮に映ったのも確かだ。
 尚美は、自分が成人式に出席する姿を、想像してみた。
 すると、母親の振袖を着ている自分がいる。祖父や母親の思いと共に、尚美自身もあの振袖を気に入ったのだ。
 
(あ、浴衣を探さなくっちゃ)
 尚美は母親に浴衣を着付けてもらうことにした。
(振袖の前に、まず浴衣やね。それから素直に言おう。お母ちゃんの替わりに、私(うち)があの振袖を着る、って)
 尚美は、晴れやかな気持ちを抑え切れずに、母親の元に急いだ。

-FIN-

作成 2010.08


テーマ 一枚のたとう紙を用いてフィクションを創る。

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