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ストロベリー♡ストーリー

 これから、私の旅の話をするわね。私を包んでくれた三人の手のぬくもりが、忘れられないから。
 栢森(かやもり)さんのゴツゴツしてる優しい手。
 イケメン君の繊細で筋肉質の細い腕。
 OLさんの白くて長いささくれた指。
 私の旅は短いものだったけれど、三人に出会えて、本当によかったと思っているの——
 
 私は苺の〈紅ほっぺ〉。苺農家の栢森さんの家のビニールハウスで、出荷の時を待っている。栢森さんは農協の他に、近所のケーキ屋〝プルミエール〟にも私達を卸しているの。
 だから私の夢は、〝プルミエール〟の看板商品・ショートケーキの上に乗ること。
 そしてケーキを食べた人に、幸せを感じてもらえたら、こんなに嬉しいことはないわ。
 
 その日、栢森さんが私を手に取って、満足そうに言った。
「お前は形も糖度も充分だな。〝プルミエール〟に行くか?」
(やった! ついにデコレーションデビューだわ! よかったぁ)
 私の胸はルンルン。それでも一抹の寂しさはある。今まで育ててくれた栢森さんの所を離れて、まるでお嫁に行く気分……。
 
 次の日、朝摘みされた私達は、〝プルミエール〟に運ばれた。ここのパティシエは、まだ二十五歳のイケメン君。時々私達の様子を見に、栢森さんの所に来ていた。
 イケメン君、おいしいケーキを作ってね。その上に私が乗っかって、とびきり素敵なショートケーキになるんだから。
 イケメン君は私を手に取って、確かめるように言った。
「お、形のいい苺だな。ショートケーキの上に飾りつけるか」
(そうでしょう、そうでしょう。なんてったって私は、栢森さんのお墨付きなんだから)
 果たしてショートケーキの上に飾り付けられた私は、ガラスケースの一番前に並んだ。
 
 今日は雨の日曜日。朝から誰が買いに来るのかしら、と思っていると、若い女性が店に入ってきた。
「この苺のショートケーキ、一つ下さい」
 とうとう私も出発(たびだち)の時。
 彼女が幸せになれるよう祈りながら、小さな白い箱に詰められる。
 彼女はオレンジ色の傘をポンッ、とさして、家路へと急いだ。
 アパートに着くなり、彼女はケーキを取り出した。そして私を手に取ると、ため息まじりに語りかける。
「昨日ね、仕事で大失敗したの。しこたま怒られたわ。だからスイーツでも食べて、元気出そうと思って。あなた、とってもおいしそうだもの」
(そうだったの。OLさん、あなたが元気になってくれたら、私も幸せよ)
 私の思いを知ってか知らずか、彼女は口いっぱいケーキを頬張って、最後に残った私をパクリ。
「明日からもがんばろーー!!」

-FIN-

作成 2010.03


テーマ 果物を主人公にフィクションを創る。

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