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明日に続く歌

 ♪ちいさなできごと
  ちいさなおもいで
  オールレィズン
  思い出の朝
  東鳩オールレィズン
  
 昭和四十七年、東鳩オールレーズンが、販売開始された。以来、このCMソングが耳に残り、よく歌っている。
 けれど商品そのものは、ドライレーズンのほろ苦さの良さが分からず、まだ小学生だった私の口には合わなかったので、
(大人のお菓子やもん)
 と負け惜しみを言っていた。
 
 このお菓子が好きなのが父である。当時、甘いものなど受け付けなかった父が、このオールレーズンだけは、
「うまいなぁ、うん、うまい」
 と言って、パクパク食べていた。
 
 それで私は、幼い頭で考えた。
「お父ちゃんに頼みごとをする時は、このオールレーズンや!」
 それ以降、おもちゃ(レゴブロックやリカちゃん人形)を買って欲しい時は、二〜三日前に渡して、
「あのね、お願いがあるんやけど」
 と言って切り出す。
 テストの点数が悪い時は、同時に渡して、
「次、がんばるから」
 と許しを乞う。
 怒られた時は、一週間以内に黙って渡す。
 そんなふうに、オールレーズンを活用していた。
 けれど小学生の頃は、小遣いをもらっていなかったから、母に訳を言い、その都度お金をもらいオールレーズンを買っていた。
 だから母からいつも、
「またぁ?」
 と笑われていた。
 父も笑っていただろう。
 しかし、頑是ない子供だった私には、真剣な取り引きだったのだ。
 
 四十歳を過ぎた今では、自分で何でも買えるようになった。だが、父にオールレーズンを買ってあげることも、なくなってしまった。
 甘いものを食べるようになった父も、
「昔食べていたオールレーズンが、一番うまかったなぁ」
 と少し残念そうに言う。
 そんな父を見ていると、年をとったなぁ、と改めて思う。
 そういえば、父も母も昔の話を度々するようになった。そんな時私は、聞き逃すまいと聞き耳を立て、集中している。その瞬間、瞬間が、両親との思い出を紡いでいくことになるのだから。
 そして私も今は、あのCMソングを歌う。
 両親との小さな出来事、家族と作る小さな思い出、それらを大切に少しずつ積み重ねていきたいと願いながら。
 近い将来、四人だった家族が私一人になった時、思い出の朝はどんな姿をして待っていてくれるのだろうか。
 
 ♪ちいさなできごと
  ちいさなおもいで
  オールレィズン
  思い出の朝
  東鳩オールレィズン

-FIN-

 作成 2010.09


テーマ CMを見て思うことをテーマにエッセイを書く。

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