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〝ワイン世代〟

 健(たける)はその日、キッチンの戸棚にワインが置いてあるのを見つけた、というより、見てしまった。
 それは一九九四年もののワインで、健が生まれた年のものであった。察するところ、誕生日にでも開けようというのだろう。しかし、健の誕生日は来月である。その前に本人にバレるなんて、本当にそそっかしい両親だな、と、健は思った。
 
 二十年前の一九九四年四月二日、健はこの世に生を受けた。この学年のトップバッターである。
 この歳は後年、〝大谷世代〟と呼ばれ、
 プロ野球の大谷翔平(おおたにしょうへい)、藤波晋太郎(ふじなみしんたろう)、
 水泳の萩野公介(はぎのこうすけ)、瀬戸大也(せとだいや)、
 フィギュアスケートの羽生結弦(はにゅうゆづる)と、
 スポーツ界で活躍する選手が目白押しだ。
(そういえば、ワインはそうじゃなかったな。確か、一九九四年もののワインは不作だったはずだ。まぁ、俺はさしづめ、〝大谷世代〟じゃなくて〝ワイン世代〟ってとこか)
 健はワインを見つめて、フッ、と笑った。
 
 一か月後の日曜日、健の誕生会をするというので、母親は朝からてんてこ舞い。
「タケちゃん、ウィンナー買ってきて」
「タケちゃん、お花、飾って」
「タケちゃん、あのお皿、取って」
(……どーでもいいが、なぜ、主役であるはずの俺が手伝わなきゃならないんだ? 薫(かおる)はどうした、薫は?)
 健は妹の薫に声をかけようとしたが、
「あら、だめよ。今日はタケちゃんが手伝わなきゃ。皆に感謝するためにも、ね」
 という母親の一言に、
(だめだ、俺は母さんのこの笑顔に弱いんだ。つい、頷いてしまうからなぁ)
 と思う健は、母親の笑顔にいつも脱帽だ。
 
 その夜、久しぶりに、健と両親、妹の薫が揃った。誕生会の口火を切って、薫が、
「お兄ちゃん、一応、おめでとうと言っとく。二十歳になって、お酒もたばこも出来るだろうけど、プレゼントは財布にしたわ」
 そう言うと、小さな包みを健に手渡した。
 すると父親がやはり、キッチンの戸棚からあのワインを取り出し、こう言った。
「これは、お前の生まれた年に作られたワインだ。ヴォーヌ・ロマネ、高級ワインだが、一九九四年は、不作の年とも言われている。風味が安定していないらしい。ただ、言い方を変えれば、個性的だと言える。このワインのように、自分を大事にしてほしい、というのが、お前に贈る両親からの言葉だ」
 普段、無口な父親が饒舌になっている。母親と薫はその隣でにこにこ笑っている。
「ありがとう、みんな。これからも自分らしく頑張るよ」
 健は改めて、家族に感謝したのだった。

-FIN-

作成 2014.02


テーマ 主人公の生まれた年の瓶入り飲み物を登場させフィクションを創る。
 

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