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花咲小町

 私、一ノ瀬美咲(いちのせみさき)が小学生の頃、こんな噂が流れた。
「あの娘(こ)と目を合わすと呪われるよ」
 幼い頃からの内気な性格は、周囲の人達から私を遠ざけ、いつしか私は、鬱屈した視線を放つようになり、孤立していった。
 
 中学一年の春、四月。進学・進級しても噂は消えなかった。
「無視するな!」
 ある日、私が噂に愛想を尽かし、教室から出て行こうとすると、何処からか罵声が飛んだ。普段ならそれこそ無視するところだったが、その日は機嫌が悪かった。
 私は、抑え切れない感情を露にし、声の主に向かって視線をぶつけた。
 次の瞬間、相手が弾かれたようにバタッ、と倒れた。
「呪いだ!」
「あいつの目、緑色に光ったぞ」
「邪眼だ!!」
 私は、自分の目が緑色に変わるのは知っていた。けれどそれが〝邪眼〟だとは。
 ——その目を見た者は、負の力が作用し、災いが降り掛かるという、〝邪眼〟。
 私の目が邪眼だというなら、それでもいい。私は怒りに打ち震えた。
 
「やめろよ!」
 一喝したのは、高遠友哉(たかとおゆうや)だった。明朗闊達な彼はクラスの人気者で、特に女子生徒にはアイドル的存在だ。
「仲間を悪く言うのはよそう」
 その彼の発言で、案の定、皆が騒ぎ出した。私は居た堪れなくなって、彼に会釈すると、教室を後にした。
「一ノ瀬さん、待って! 一緒に帰ろう」
 振り向くと、彼も教室を出ていた。
「高遠くん、授業は? それに……」
 私の目のことは気にならないの、そう言おうとした時、彼は私の手を掴み、
「桜を見に行こう!」
 と、勢いよく歩き出した。
 
 学校の裏手には小高い丘があり、密かな桜の名所でもあった。しかし今年は開花が遅く、五分咲きの体(てい)だった。彼は少し残念そうにしていたが、おもむろにブレザーのポケットから、小さな水晶玉を取り出して、
「一ノ瀬さんに、あげる。いつも穏やかな気持ちでいられるように、ね」
 と、言った。私は彼の心遣いに感謝した。
「ありがとう」

 その時、ザワッと風が通り過ぎ、桜の木々が大きくなびいた。しばらくして、
「すごい! え、何これ!」
 と、彼が歓声を上げた。見ると、桜が次々と開花していく。
 信じられないことに、自分の目が緑色に変わっているのが分かった。彼もそれに気づき、
「桜を咲かせているの、一ノ瀬さんなの? すごいなぁ!!」
 と、今度は感嘆の声を上げた。
 満開の桜の木の下で、瞬(まじろ)ぎもせず私は、彼の一挙一動に目を奪われていた。
 ふと、彼と目が合うと、彼は、
「このことは、二人だけの秘密だよ」
 と、笑った。
 この時私は、二つの事を自覚した。
 私の目はもう邪眼などではなく、既に私は彼に恋をしている、ということを。

 

-FIN-

作成 2011.05


テーマ〈連動課題B〉 体の一部を取り上げてフィクションを創る。

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