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「ありがとう」

 昔、足柄山(あしがらやま)の山奥に、金太郎(きんたろう)と朱理(しゅり)という双子の男の子がいた。二人の肌は赤銅色、とても元気にすくすくと育っていた。
 金太郎は陽気な性格で、いつも動物たちと走り回っていたが、朱理はおとなしく、椎の木の下で物思いにふけることが多かった。
「大きくなったら、出世したいな。その為に今から力をつけておくんだ」
 金太郎が力を込めて言うと、朱理は、
「僕は学問を修めたいな」
 と、遠くを見つめて言った。
 そんな志を持った二人が、十歳になったある日のこと。足柄山に、漆黒の禍々しい雲が立ち込めた。その異様な雰囲気に、金太郎も朱理も息を呑んだ。
 どのくらい時間が経ったのか、突然、大風が吹き、開(あ)いた雲の切れ間から、山姥(やまんば)が金太郎と朱理の目の前に現われた。
「だーれかいないか、子供はいないか」
 山姥はそう言うと、朱理をひょいっ、と抱きかかえ、黒い雲間に消え去った。呆然と立ち尽くす金太郎。しかしすぐに我に返ると、「いつか仇をとってやる!」
 と固く心に誓うのだった。
 八年後。身も心も立派に成長した金太郎が、足柄山にいた。
 名を馳せた金太郎の怪力を求めて、都の侍が訪ねて来た。都のはずれの大江山(おおえやま)に鬼がいて、夜毎、都の人々を喰らっているという。侍は、金太郎に鬼征伐を頼んだ。
 金太郎は都に行くことにした。自分の力を試すよい機会だ、と思ったのだ。
 大江山の洞窟にその鬼はいた。大きな赤い体から、都の人々は朱天童子(しゅてんどうじ)と呼んでいた。
 金太郎は洞窟の入り口に立ち、中にいる朱天童子に、酒の飲み比べを持ちかけた。
「……いいだろう、入って来い」
 朱天童子は、唸るような声を響かせた。
 無類の酒好きである朱天童子に、注ぐ酒に毒を仕込んだ金太郎。酒を一気に飲み干した朱天童子は、すぐに苦しみ始めた。
 金太郎はそこを刀で一刀両断、切り捨てた。
 すると見る間に、朱天童子の鬼の形相が、凛々しい若者の姿へと変わっていく。
 それは何とあの朱理だった。
 朱理は苦しい息の下から、
「僕は山姥に連れ去られたあと、鬼になって山姥を喰った。それからも自分を抑えられなかった。金太郎、ありがとう、僕を救ってくれて。最後に会えて、よかった」
 そう言って微笑むと、静かに事切れた。
 金太郎はこの運命を呪いながら、都を後にした。その後の消息は誰も知らない。
 今は昔、あの有名な昔話とは少し違うお話。とても悲しいお話。

-FIN-

作成 2014.05


テーマ○○と▲▲を登場させフィクションを創る。
 (違う形のもの、性格が異なるものなど)

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