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宇宙人ソラビトコトコ

 「どっこいしょ」
 聞きなれないその声に振り向くと、見知らぬ娘がそこにいた。濃紺のリボンに蝦茶の袴。
「あー、やっと着いた。時間旅行も疲れるわ」
 彼女は私の部屋の真ん中で、私と目が合うと、にっこり微笑んだ。
「こんにちは。私、コトコ。よろしくね」

 彼女=コトコは、私のパニックなど意にも介さず、言葉を続ける。自分は過去からやって来た、花の17歳の宇宙人(ソラビト)だ、と。そして、
「それで、あなたの名前は?」
 と、私に質問してきた。私はこの事態を飲み込めずにいたけれど、
「……睦美です。小笠原睦美(おがさわらむつみ)。大学二年生」
 と答えていた。コトコは私をじっ、と見つめると、上から目線で、
「よし、じゃ、睦美。街を案内して」
 と指図した。年下なのに。でも私は、本当にコトコが宇宙人なら、どんな人種なんだろう、と関心を持ちはじめた。
 
 街へ出たコトコは、ファッションに興味を示し、地下鉄にブッとび、スマホに恐れをなし、スイーツの甘さに目を回した。
「いいわね、この自由! 私、大好き! 私達宇宙人(ソラビト)は、太古の人類なの。具わっている時間航行の能力で、私は、日本の大正時代を生きる場所に選んだわ。けれど今日、やりたいことがあって、ここに来たの」
 ふと見ると、私達の前方に、佐野(さの)くんが歩いている。私の彼氏だけど、2日前に大喧嘩をしたばかりで、今は顔を合わせづらい。
 その時不意に、コトコが叫んだ。
「そこの彼氏——っ、睦美は後ろよ——っ」
 彼は私に気付き、一目散に走って来た。
「ごめん、小笠原、この間は俺が悪かった!」
 息せき切って彼が謝ると、私もコクン、と頷いた。二言三言、話をした私と彼は、また近々会うことを約束した。
 家に帰り着くと、コトコは、自分のしている濃紺のリボンをはずし、私に差し出した。
「もう、戻らなきゃ。楽しかったわ、睦美。お礼にこれをあげる。今日の記念に」
「ありがとう。でもコトコ、"やりたいこと"は、もうできたの?」
「ええ、お陰様で。それじゃ、元気でね!」
 そう言うや否や、ヒュン、という風切り音と共に、コトコは姿を消した。
 
「どうでしたか、100年後の未来は?」
 1917年に戻ったコトコは、幼馴染みの草太(ソウタ)にそう尋ねられ、目まぐるしく動いていた2017年を、嬉しそうに語った。
「……それにあの2人、あそこで仲直りしなきゃ、別れてしまうところだったわ。可愛い玄孫のためだもの、力にならないと、ね」
「そうですね。だけどまず、小笠原家に嫁に来てもらえませんか、琴子(コトコ)さん」

-FIN-

作成 2017.12


テーマ 「どっこいしょ」この言葉から始まるフィクションを創る。

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